浮世絵で見る江戸・両国

第7回 江戸最大の繁華街〜その4

語り手:大江戸蔵三
都内の某新聞社に勤める整理部記者。三度のメシより歴史が好きで、休日はいつも全国各地を史跡めぐり。そのためか貯金もなく、50歳を過ぎても独身。社内では「偏屈な変わり者」として冷遇されている。無類の酒好き。

聞き手:蔵前なぎさ
都内の某新聞社に勤める文化部の新米記者。あまり歴史好きではないのだが、郷土史を担当するハメに。内心ではエリートと呼ばれる経済部や政治部への異動を虎視眈々と狙っている。韓流ドラマが大好き。

まるで両国動物園?

この前、初めて相撲の枡席に座らせていただきましたよ。凄い迫力だったなぁ。


どうせキミの事だから酒飲んで焼き鳥食って弁当にあんみつまで平らげて、相撲なんか見てなかっただろ。

失礼ね。最後まで盛り上がって平幕優勝でしょ。5月場所での平幕優勝って史上初っていうじゃないですか。いいときに見に行ったなぁ。きっと江戸時代の回向院でも、最高に盛り上がったでしょうね。見直しちゃった。

江戸の両国で最高のエンタテインメントといったら、もちろん相撲もあるけど、やっぱりラクダだろうな。

えっ?ラクダってあのラクダ?ラクダが江戸時代の日本にいるわけないじゃない。


甘いな、キミは。認識が甘いよ。これを見なさいよ(写真右・左)。これは歌川国安が描いた「駱駝之図」だよ。文政4年(1821)に、ここに描かれた2頭のラクダが両国の見世物小屋に現れると、江戸っ子の間で大評判になったんだ。

大評判はわかるけど、いったい誰が連れてきたのよ。


長崎の出島にいたオランダ人だ。珍しい生き物だから将軍が高値で買ってくれると思ったらしいけど、時の将軍家斉は「そんなもん要らない」とケンもホロロ。

それはそうよね。急にラクダを連れて来られても困っちゃうわよね。


処分に困ったオランダ商館長ブロンホフは、出島に出入りしてた糸萩というお気に入りの遊女にプレゼントしたんだけど、貰った方も扱いに困って、結局見世物小屋の興行師に売ったというわけだ。

江戸時代って動物愛護の精神がないのねぇ。当時は動物園もなかったでしょうけど。


この遊女を身請けした男がいたんだけど、親に感動されて無一文になっちゃった。仕方なく2頭のラクダと新婚カップルが大阪に出てきたら、香具師が1000両で買ったっていうんだな。

その時の1000両って、今で言うとどのくらい?


まぁ、ざっと4〜5千万ぐらい。



あはは。どうかしてるわね。それでどうなったの?


大阪や京都で評判になって、その後3年間「西日本ラクダツアー」が敢行された。


それじゃあ、香具師の人も元は取れたかもね。



いやいや、そんなもんじゃないよ。満を持して江戸最大の歓楽地、両国広小路に乗り込んだラクダツアーは32文の特別料金でもパンダ並みの行列になった。大成功ですよ。

あははは。凄〜い。でも、日本中を引っ張り回されたラクダは可哀想ね。


当時の替え歌にこんなものがある。「天竺離れてこの国へ、来たはおととし春のこと、献上の身となりもせで、つらい山師の手にかかり、武蔵の果ての両国や、日には幾度も引き出され、らくだどころか苦の世界」

あはは。ダジャレじゃないの。ところでラクダと一緒にいる人は中国人?変わった衣装よね。


日本人だよ。これは唐人服といってね。変わった動物にはつきものの衣装なんだ。何となく珍獣・霊獣の類は中国から来るっていうイメージがあったんだろうね。それに当時、珍しい動物を見るということは、開帳の神仏を拝むのと同様の御利益があると考えられていたんだな。

えっ?じゃあ、ラクダを見ると病気が治るとか彼氏ができるとか…。


縁結びまではわからないけど、疱瘡とか疫病とか、当時治療法のなかった病気を避けられるという感覚だね。実際、この絵にも「小便はひゑしつ(冷性)、はれ病に付けて妙薬なり。毛はほうそう(疱瘡)のまじなひとなり、悪魔よけになる」」なんて書いてある。

ゲゲ〜、信じられない。どうしてラクダのおしっこで冷え性が治るのよ。


「鰯の頭も信心」と言うだろ。おかげでラクダの毛からオシッコやウンチまでお土産として売れたんだから、香具師はたまらんわなぁ。

信じられない。それなら象だってヒョウだって連れてくればいいじゃない。


象もヒョウも来てるよ。これがその証拠だ。
ホントだ!ビックリ…。



幕末の頃だけどね。ヒョウ、虎、象の順で来日して、両国で大人気だった。今ならボリショイサーカスみたいなもんだな(チケットプレゼントは来月!)。ヒョウなんて誰も知らないから「これはメスの虎です」なんていかげんなことを言って客を呼んでいたし、虎だって大きな山猫を虎だと言って見せていたこともある。

いい加減ねぇ。知っている人が見たらバレそうなもんだけど。


当時は高名な絵師だって虎を見たことがないから猫をモデルに描いてるんだ。誰もわかりゃしないよ。まぁ、見世物小屋なんていうのはいかがわしさが売りだからね。見ている方も嘘と知りつつ楽しんでいるようなところがある。

江戸の人たちっておおらかだったのね。


落語に「らくだ」っていう演目があるだろ。ラクダを見た江戸っ子たちは、図体ばかり大きくて何の役にも立ちそうにないヤツを「らくだ」と呼んでいたらしい。おおらかなだけじゃなくて、ユーモア感覚にも富んでいたのさ。

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